私がこのコメントに引っかかったのは、田舎を語るときもこれに似たフレーズをたびたび耳にするから下町の写真家アラーキーこと荒田の写真・アート日記つまり、「俺は田舎なんか大嫌いだ」という文句だ下町の写真家アラーキーこと荒田の写真・アート日記先月も某出版社の幹部から、この言葉を聞いた下町の写真家アラーキーこと荒田の写真・アート日記おそらく幼少の記憶がそういわせるのだろう下町の写真家アラーキーこと荒田の写真・アート日記得意でないものは私にもある下町の写真家アラーキーこと荒田の写真・アート日記高いところ、干しぶどう、フォーマルなスーツ、酒を飲むとすぐ因縁を付けたがる酒乱など下町の写真家アラーキーこと荒田の写真・アート日記でも、「好きでない」という程度で、「大嫌い」とまでは口にしない下町の写真家アラーキーこと荒田の写真・アート日記それは最大の自己主張で、先にあるものを遮断してしまうからである下町の写真家アラーキーこと荒田の写真・アート日記
田舎は路地や裏町ができるほど土地は狭くないが、古びた飲み屋はあちこちにある下町の写真家アラーキーこと荒田の写真・アート日記路地裏の安酒場と同じで、そういう風景を見ると「ああ、ここにも若いお姉ちゃんに振られたり、人生を踏み外したり、いろんなドラマがあったんだべなあ」と空想したくなる下町の写真家アラーキーこと荒田の写真・アート日記路傍で馬頭観音を見つけたときも、「どういう気持ちで掘ったんだべなあ」と思う下町の写真家アラーキーこと荒田の写真・アート日記「古きを訪ね新しきを知る」ではないが、いろんなイマジネーションが湧いてくるのだ下町の写真家アラーキーこと荒田の写真・アート日記古いものをどう見るかでも、人間は2種類に分けられそうだ下町の写真家アラーキーこと荒田の写真・アート日記でも、Sさんのように新しいものだけを追いかけていれば、メンタルな病気にはならないべなあ下町の写真家アラーキーこと荒田の写真・アート日記どちらが幸せか、私にはわからないが下町の写真家アラーキーこと荒田の写真・アート日記